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美濃攻めの道半ば

信長の美濃攻めに関して、このところいろいろ話を聞いたり、調べたりしているのですが、知らない話がどんどん出てきて、収拾がつきません。 まず、私が尾張の人間として思うのは、東濃がかなり尾張に近いところであるという感覚です。これは当時もそのようで、信長は中津川市の苗木城とはよしみを通じていたようです。そこで苗木城の歴史を調べると、これがまた深い。 苗木遠山氏と岩村遠山氏は当然ながら関係が複雑で、またこのエリアは信州にも近いため、直接武田の勢力が入り込んでくる。となると信長と信玄の同盟関係も関連してきます。そのあたり、深いです。 協力して岩倉を落とした犬山信清は反旗を翻し、そのためにも信長は小牧山城を建てたわけですが、この城は単なる軍事施設ではなく、信長の理想都市計画および象徴としての城計画(安土のような)であることもわかってきており、そこも相当深い。 犬山城がいつ落ち、それをきっかけに鵜沼場や猿ばみ城が落ちたのはどういう経過で、さらに加治田城が信長についたのはいつか、また堂洞城の攻防戦の背景は?とか、その頃の中濃の城(金山城、関城など)の情勢がまた深い。 金山城は親衛隊の森可成が絡んでいる(作りなおした)のですが、やがてこの城が解体されて国宝の犬山城になったのでは、というすごい話があったり、もう大変です。 そんな話を盛り込んで、「信長公記で追う岐阜城の道(仮題)」を年内に仕上げようと思っています。美濃は山城が多くて、見どころは満載です。どうぞよろしくおねがいします。

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