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発掘調査、もっとやってもらいたいものです

岐阜の信長居館跡の発掘では、金箔瓦が出土したと11月27日にニュースが流れました。 ちょっとダイジェストしますと、 4,5年前に出土した瓦の破片を集めて、牡丹と菊をかたどったものを復元。その過程でX線分析により金箔片が見つかったとのこと。定説が覆されたそうです。 フロイスが豪華だったと言ってるので、金箔瓦くらいはあって不思議ではないと思いますが、 定説ではこれまで安土城が金箔瓦の最初とされていたそうです。 先日、NHKの歴史ヒストリアでも、信長居城の話を放送していましたが、 小牧城は信長の尾張国首都移転構想(小野友記子先生)の舞台だったようです。 信長は那古野、清須、小牧、岐阜、安土と居城を移していきますが、それは当時の戦国武将としては異例のこと。 萩原淳也先生は信長の父信秀が勝幡、那古野、古渡、末盛と居城を移したことから、信長にも抵抗がなかったのではと指摘されてました。 現在の日本人でも、特に尾張の人間は、あまり住まいを移さない傾向が強いですから、信長はその点、ずいぶんアンチ尾張人的な発想ができる人だったのでしょう。 特に小牧城は、信長にとっては理想の都市づくりを試みた最初の場所だったようです。 清須も岐阜もすでに町があった場所ですから、信長は今ひとつ面白くなかったはず。 なにもないところに理想的な都市を作りたいという信長の、最初の野望が小牧城でしょうね。 となると小牧からも金箔瓦とか、出土しませんかね。信長ならそれくらいやっていそうな気がしますけど。 そういえば小牧城の石垣の石材に、墨で文字が書かれているものが一つだけ見つかっています。 私は以前、展示を見たことがありますが、今どこでそれが見られるか、一度調べてみたいと思います。 小牧城の石垣もやっと発掘されたくらいで、まだまだ考古学的にはやること多そうですね。

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